
バス停に小型のバスが止まると、すぐ前の家の庭に、一匹の犬が犬小屋から飛び出して来ます。嬉しそうに忙しく尻尾を振って、塀の格子の前を行ったり来たりしています。
こうして毎回、降りて来る人を出迎えるのです。でも乗客の誰も、この犬が吠えた声を聞いたことがありません。
私はよく、地域の福祉サービスの一環である無料巡回バスに乗ります。車も免許も持ってないので、役所に行ったり買い物にと、このサービスをよく利用しています。そのバス停のひとつの、前の家に、この犬がいるのです。
無料巡回バスの乗客は8割がお年寄りです。1日に2往復、自治体の施設に行って2時間後に帰りのバスが出るというシステムなので、実にのんびりしたものです。だから時間のあるお客しか乗りません。
若くフットワークのいい地域住民は、勿論自分の車で移動します。私はたまたま利用できる時間に、うまくこのバスが動いているというだけなのです(朝夕のラッシュ時は運行しません)。
私もそうですが、乗客のほとんどが、この犬が出てくると喜んで手を振ります。運転手さんも笑顔で見てます。
飼い主さんはいつもお留守のようで、本当の名前はわからないのですが、いつしか「セッちゃん」という名前で呼ばれるようになっていました。見た目イングリッシュセッターのようなので、セッちゃんという事になったようで。
知らない人にもこんなに愛嬌がよくて、お留守の家を守れるかはどうなのかわからないのですが、セッちゃんは今日も元気に尻尾で挨拶しています。
私も地方税を払う身なので遠慮なくこのバスを利用しています。で、気が付いたのですが、中には用がないのにただ乗っているお年寄りも多いのです。無料なので利用しやすく、ドライブがてらバスの中で誰かと話せるのがいいらしいです。
毎度騒々しいまでのお喋りが飛び交う小さなバスですが、私もその雰囲気にすぐ慣れました。大抵は黙って話を横から聞いているか、相づち程度を返すくらいですが。
たまに話を振られても、○○病院はいい、とか、健康や地域の話題とTVの話題で普通に話がもちます。「チャングムはいつも捕まってますよねえ」とか。(私は韓流ドラマはこれしか観たことがないのですが、オジサン達も観てるようで話題として大丈夫みたいです)
父母が老いてからは特にそう思うようになりましたが、もし、家にいても会話が少ないなら、こんなバスに乗って、お年寄り向けの福祉施設とかに行って、誰かとお喋りでもして時間を過ごした方がいいと思うのです。
多分誰とも話さないでいると、私の父のようにケアハウスやグループハウスに居ても認知症が早く進んだりします(まあ、父の場合、非常に利己的で、認知症が酷くなる前から無意味な怒鳴り癖もあって色々と問題も多く、いつも孤立したのは父自身に原因があるんですが)。
それくらいなら、家に引きこもるより、出来るなら外に出てコミュニケーションしていた方がいいと思います。
お喋りOKの、かしましいバスに乗って、他愛のない話題でも誰かと話したり、セッちゃんみたいな犬っぷりのいいワンコに挨拶して、気分転換をはかるのは、なかなかいいもんだと思います。