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ニュース映像で、今年も七五三のような、幼稚にはしゃぐ一部の新成人を見てしまいました。騒ぎを起こしたお子たちは合コンの延長みたいなレベルのパーチーくらいしか知らないんで、こういうはしゃぎ方しか出来ないわけでしょうか?それともこういうのは「もう後はつまらない大人主体の社会に入ってしまうだけ、最後に主役となれる場所に出かけて、子供時代との別れを惜しむか」って姿なのでしょうか?
もしそうだとしたら、そりゃはた目には悪あがきに見えるだけなんだな。実はそういった類のお子様思考は早めに卒業しといた方が、後々楽だったりして。
遙か昔、私も二十歳だった時期が1年間ありました。何をしてたかと言うと、漫画描いて大学通ってました。で、成人式には出席していません。(式には出ませんでしたが、晴れ着はお正月にしっかり着たんですよねえ。)
理由の一つは私は19の時に引っ越して来た町で成人式を迎えたので、会場で会いたい昔ながらの知り合いが居なかったこと、そしてその時、初めて仕事として漫画を描いていて、〆切を控えていたからです。没頭していて他の事は頭に無かったというワケでした。
あの時、なんかもの凄く心躍っていたなあ。それまで投稿してたのに、次の作品は描き上げれば確実に雑誌に載るんです。ドキドキして夢中で描きました。結局その作品が実際に雑誌に載ったのは、半年ほど後でしたが。<ザラにある話です。でも私はとにかく〆切には余裕で間に合わせたかったんです。出たばかりの新人ですから。(当時、デビュー作が雑誌に載って自分でショックを受けるほど下手だったんですが、この2作目も腹立たしいほど下手でした。自分でそう思ったから、読んだ人はもっとそう感じるだろうなあとか、色々考えていた二十歳の頃。)
で、描き終えて、ああ、成人式行かなかったなあと気が付いたのは、町内会の方が、成人式の記念品のデミカップをわざわざ家に届けて下さった時でした(都合により欠席しますと事前にお知らせしていたのです)。後から聞くと、私の町の成人式は浮かれた感じでもない、余計なアトラクションぽいのも無い、落ち着いたそれなりのいい式典だったそうです。自分は行ってないけど、良かったなあ、そういうので。
で、私はこの年の正月から、親からお年玉を貰うこともなくなり、翌年から、少額ながら税金を払うようになりました。それから、自分の意識が「学生」だけだったのが、少しずつ違う意識も芽生えていったような気がします。どうもその、意識が変わっていった時が、私の場合の成人式になったようです。